前回のインタビューでは、特別支援学級向けの学生総合保障制度を立ち上げた重田誠さんにプランの内容をお伺いしました。
今回はそんな重田さんが直面した苦難やそれをどう乗り越えたかなど、今までにないものを立ち上げることの大変さややりがいについてお話ししていただきました。
脱サラして知的障害者向け保険の立ち上げに携わる
─NEONAVI編集部(以下、略)まずは重田様がどういった経歴を経て保険に携わることになったのか、簡単に経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか?
重田様(以下、略):はい。私は大学を卒業してすぐ、新卒で今のAIG損保、当時のAIU保険会社に入社しました。
ずっと営業畑で、代理店担当の営業社員としてやってきたのですが、仙台に拠点がある東北営業本部というところで営業課長をすることになりました。東北6県のエリア担当をしていたのですが、そのときに知的障害者向けの保険を専門でやっていた、JIC(全国で14拠点を構える大手代理店の仙台支店)を担当することになったんです。
大手の代理店ですから、年に二回ほど全国大会という営業社員や役員が集まる大きな会議があります。そこで、JICグループの代表者とお会いして、いわゆるヘッドハンティングをいただき、脱サラをして飛び込んだのが始まりでした。
そしてJICに入社後すぐに取り組んだことが、知的障害者に向けた保険の立ち上げや仕組み作りだったんです。
互助会から始まった保険の整備
─そうだったのですね。その頃はまだそういった保険は整備されていなかったのでしょうか?
はい。先ほどJICグループが障害者向けの保険を専門で行っているとお話ししましたが、元々「障害を持った方々は保険に入れない」という保険会社の規制ルールがあったんです。
そこで、私のJIC入社以前にAIUとJICがまず取りかかったのは互助会(共済)をつくることでした。全国各地の福祉施設を統括している団体や知的障害者の親御さんの団体と連携をして、お金を少しずつストックしていくことで、何かあった場合にそこから補償を出す、というシステムですね。それを全国で約40箇所つくって、その運営のサポートをしながら保険を提供していました。
ところが、まさに私がJICに入社するタイミングで、小泉改革の一環と言われる保険業法の改正がありました。当時のオレンジ共済という、いわば無認可で共済を行って不正が行われた事件をきっかけに、こういった不正を取締るためのものです。
法改正による規制を乗り越えて
これにより、JICが立ち上げに関わって運営してきた共済にも規制がかかりました。もちろん決してやましいことはないにもかかわらずです。障害者向けの保険を保険会社が作ってくれない。どうしても必要だから共済を作ったのですが、それができなくなってしまいました。
もちろん政治家など各所に交渉したのですが、法律が施行されしまったために、結局覆ることはありませんでした。
そこでAIUと連携をして、日本で初めて、今でも唯一の知的障害者・自閉症者専用保険の認可をAIUで取得してもらったんです。2006年11月22日のことでした。そこから全国的に拡販をして、今は確か14万人の方に以上の方にご加入いただいていると思います。
─認可をとるところから出発していたのですね…。お話を伺うだけでもその大変さが想像できます。
あのときは大変でしたね。
私が入社してすぐのことでしたので、「まずは現場を一回勉強しなさい」ということで、担当のお客様をもって、いろいろ実務も行っていたのですが、「さあ今日1日廻ろう」と車で出かけていくと電話が途切れないんです。携帯で関係者の対応をするだけで半日終わってしまうんです。で、電池が切れて電話ができなくなってしまうというような、そういう凄まじい忙しさでした。
必ず誰かがやらなくてはいけなかった
─それは大変ですね…。それでも重田さんがいなかったらこの保険はなかったということですよね。
いえいえ、必ず誰かがやらなくてはいけなかった状況だったと思います。ただ私はもともと保険会社で管理職を経験してから代理店にいったということもあり、スムーズに連携することができましたね。
2014年に独立してからは、保険会社で福祉的な分野の商品を開発するコンサル業務であったり、障害者団体の運営のお手伝いをさせていただいていました。
そして2016年に、日本で最大の福祉法人である現SOMPOケアを買収したばかりの大手メガ損保の損保ジャパンさんからお声がけいただきまして。「知的障害者に限らず、認知症の在宅高齢者や精神障害のある方など、より広く適用できる保険を提供することによって、その地域や施設、支援者の方たちが安心して活動できる仕組みを作りたい」というオーダーでした。特性上、なかなか取り扱いが難しい保険ですから、GRITという会社を立ち上げ、販売までを担当することとなりました。それが2017年のことですね。
保険を取り扱う上で大変だったこと
─大変だったことはありますか?
保険金の支払いに該当しないケースは大変でしたね。ご本人やご両親のどうにかしたいというお気持ちはすごくよくわかるのですが、保険としてはどうすることもできないという場面があるわけです。それを伝えて諦めていただかないといけない、これがとにかく辛いですね。毎日のように夢にまで出てきます。
そういったケースに多いのですが、被害者だと思っていたら加害者の側面があったということも往々にしてあるわけです。法的整理を経て、保険が使えるか使えないかということをきちんと説明して納得していただかなければならない。「お子さんは被害者ではないんです」と。
─それが故意でなかったとしても、法的に自分が加害者になってしまうという現実はなかなか受け入れがたいですよね。
この保険を扱う以上はそこに向き合わなくてはいけないと思います。
しっかり経緯を説明して納得してもらうことで、「次はそうならないようにしようね」と家庭の中でお子さんと向き合っていただくことが大切だと思うので、手を抜かずに必死になってやっています。
保険金が払える案件は簡単なんです。そうでない案件の方が余程大変ですね。
ー適用範囲などルール決めが難しそうだと感じたのですが、想定もしなかったことが起こった場合はそれに対応できるよう都度規定を考えたり見直したりしなければならないのですか?
ちょうどこの障害者保険にかかわって20年目に入るのですが、まず想定外はないですね。「やっぱりこんなことが起きてしまった」というようなケースがほとんどで、起きた段階で慌てて「さあどうしよう」ということはないです。
また、どう整理をつけていくかということに関しても、ある程度の基準を持っています。「どうして適用できるのか」という理由付けを私どもの方できちんと整理し、表現することで保険会社はスムーズに保険金を払ってくれるわけです。
つまり「この事故は約款のこの部分をこのように解釈することによって、保険の対象となるケースですよね」とストーリーを作ってあげるわけですね。
「ストーリー」を作って、わかりやすくしてあげること
─ストーリーを作る、ですか。
そうです。少し話は逸れますが、ある韓国の方と商社をやったことがありました。
日韓の貿易をやっていたんです。そのため韓国にも70回ほど行ったのですが、現地では通訳の方を通して話をしなければいけないですよね。伝えたいことをいかに整理し、起承転結を短くしてわかりやすい表現をするかという点で、本当に勉強になりました。そういった経験が今の仕事にも役に立っていると思います。
─なるほど。いかに簡潔で明快な理由付けができるかということですね。
そうしたストーリーを組み立てるため、ご本人にトラブルの経緯など細かい話を聞くことももちろんあります。そうすると中には怒り出してしまう方もいらっしゃいますが、それでも徹底的に話を聞く。
すると大抵の場合、最後には「電話してよかった、相談してよかった」とお礼の言葉をいただけるんですよ。「補償はもらえなくても、GRITという会社に相談したら何かアドバイスをもらえるかもしれない」と思って電話をいただけること、これはやっぱり嬉しいですね。
─なかなかそういう方はいないんでしょうね。
あとはご本人以外に、関わっている周りの方がいらっしゃいますよね。学校の先生であったり施設の方であったり近所の方々であったり。
ご本人が保険に入ることによって、「何かがあっても、この人に対応してくれるものが何かしらあるんだ」と思えますから安心感が全然違う。
こういった周りの方達からお礼を言われると、やっぱり嬉しいですね。
他者と共生していくために必要なもの
─たしかに、前編の先生のメガネの話ではないですが、私物に関しても保険に入ることで経済的にも精神的にも余裕が生まれ、その結果障害者の方を受け入れる土壌、許容性が広がると思います。
こういうことは本来国がやるべきことなのではないかと個人的には思いますが、そこまで手が届いてない分、重田さんみたいな方が立ち上がって動いてくれてるのだなと感銘を受けました。
2025年には3人に1人が65歳以上の時代になります。そうすると当然これから認知症の方も増えてきます。しかし誰もが誰も施設に入れるわけではないですから、そういう方と共生していく必要がある。
その中で、何かがあったときのための保険に入っているというのは安心感が全然違ってくると思います。
訪問介護士さんにしてもケアマネージャーさんにしても、トラブルがあってもどこかで解決してくれる保険という仕組みがあれば安心して介護できるわけです。
私はこの保険を広めることによって、障害者の方と支援者の方の距離を縮めたいんです。
─学校では一般のクラスと特別支援学級の間に、どこか断絶があるように感じました。重田さんのお話では特別支援学級に通う子供が増えているということで、これから両者が触れ合う機会も増えると思うのですが、お互いどう振る舞えばうまく行くと思いますか?
普通の人と同じようにすることだと思います。例えば挨拶をするだけでもいいんです。
これをしないがために、「距離を取られている」と思われてしまうわけです。
認知症の方への向き合い方の一つに、ユマニチュードというフランス発祥のコミュニケーションの取り方があります。「この人認知症だから」と距離を取らずに、真摯に向き合って話をする、人として当たり前にちゃんと接することによって、認知症の人の受け入れ方も全然違ってきます。障害者施設の職員さんや学校の先生はそれを当たり前にやっています。
こういった姿勢が障害者の方と交流する際にも必要だと思います。
───次回に続く