
映画『街の上で』と下北沢を歩く【ロケ地巡り】
『愛がなんだ』や『冬のなんかさ、春のなんかね』など多数の代表作を手掛けたことで知られる、今泉力哉監督による映画『街の上で』。本作は、下北沢で生きる人々の織りなすありふれた日常に、美しさを見出した群像映画である。
監督自身が下北沢映画祭から依頼を受けたことをきっかけに誕生した本作は、「変わらない想いと変わりゆく街並み」という普遍的なテーマを軸に描かれており、公開から5年が経った現在でもリバイバル上映が続くなど、異例のロングランを誇る作品である。
劇中に登場する舞台は全て下北沢で撮影されているため、徒然もなく街を歩いていると、思いがけず見覚えのある場所へと行き着くことがある。しかし再開発が進むこの街では、景色は常に流動し、店も人も絶えず移り変わっていく。
ひとときも油断ができないこの街と、私たちはどう向き合っていくべきか。
本記事では、映画『街の上で』に登場するロケ地を辿りながら、下北沢の魅力に迫る。
目次
あらすじ
下北沢の古着屋で働いている荒川青。青は基本的にひとりで行動している。たまにライブを見たり、行きつけの古本屋や飲み屋に行ったり。口数が多くもなく、少なくもなく。ただ生活圏は異常に狭いし、行動範囲も下北沢を出ない。事足りてしまうから。そんな青の日常生活に、ふと訪れる「自主映画への出演依頼」という非日常、また、いざ出演することにするまでの流れと、出てみたものの、それで何か変わったのかわからない数日間、またその過程で青が出会う女性たちを描いた物語。(『街の上で』公式サイトより引用)
ロケ地一覧
『CITY COUNTRY CITY』

駅から徒歩2分、主人公・青の行きつけのカフェとして登場する『CITY COUNTRY CITY』。
サニーデイ・サービスの曽我部恵一さんがオーナーをされていることでも知られるこのカフェ&バーは、いつ訪れても多くのお客さんで賑わっている。
お昼時に入店すると店内はすでに満席で、パスタのガーリックの香りが芳しく漂っていた。
作中で青くんが座ったのと同じカウンターに腰を下ろし、季節限定のパスタが厨房から次々と運ばれていくのを目で追う。

何かを食べる時、香りで期待値を上げすぎてしまうと、食べた時に拍子抜けしてしまうことがあるが、ここのパスタはどれだけ期待値を上げても、絶対に期待を裏切らない。もちもちのパスタと食材の絡み合いが絶妙で、他のどこでも味わえない一皿に心を奪われてしまう。ドリンクやデザートの種類も豊富で、カフェとしての満足度も高い。
店内に流れている洒落た音楽との相乗効果で、より一層、気持ちが昂る。お店には各国から寄せ集められた多数のレコードが並べられていて、自由に手に取ることができるため新しいカルチャーとの出会いも期待できる。
劇中では「来日時には必ずヴィム・ヴェンダースが来るらしい」と噂される場面があるが、その台詞を思い出しながら、つい店内を見回してしまったのは言うまでもない。
『古書ビビビ』

駅から徒歩3分ほどの場所に店を構えるのが、「古書ビビビ」。
前を通る人の多くが店先に並べられた本棚に足を止めたかと思えば、吸い込まれるように店内へと入っていく。決して派手ではないのになぜか抗えない引力がある、不思議な雰囲気をまとった古書店だ。
店内には、雑誌のバックナンバーから海外のZINE、写真集、文芸書まで、多種多様な本がジャンルレスに並べられている。古書店でありながら、新刊の雑誌や写真集も積極的に取り扱っており、『街の上で』のパンフレットまでさりげなく置かれていた。
青くんが『金沢のおんなのこ』を見つけたのはこの辺りだろうか。そんなことを考えながら、本棚を横目にゆっくり歩いてみる。
店内を散策していると、本だけではなくいろいろな発見がある。映画で見たよりも少し低く感じる本棚。町子と青が会話をしていたあの場面の、あの画角。
すると、モップを片手にした店員さんが、一冊ずつ本を手に取りながら丁寧に埃を払っていることに気がつく。そんな何気ない仕草からも、この古書店が長年愛され続ける理由が伝わってくる。
目的もなくふらっと立ち寄っても、十分に楽しめるはずだ。
『ザ・スズナリ』

古書ビビビのすぐ隣にあるのが、青くんが警察官に呼び止められる場面で登場した劇場「ザ・スズナリ」。
『ザ・スズナリ』は、1981年に開場した下北沢でもっとも歴史ある小劇場のひとつ。黒い看板に白抜きで大きく記された劇場名は、昼間はもちろん、夜の街の中でも強い存在感を放っている。かつてはアパートとして利用されていたということもあり、外観からはその名残が感じられる。
昼下がり、1階に併設された居酒屋へ目を向けると、開店前の静けさの中で、厨房からわずかな慌ただしさを受け取る。下北沢が下町らしさ作っているのか、はたまた下町そのものが下北沢らしさを支えているのか、そんなことをふと考えさせられた。
赤いフレームの中に貼られた公演ポスターを眺めながら、青くんが立っていた場所に身を置いてみるのもいい。しかし、せっかくならば劇場の中にも足を踏み入れてほしい。年季の入った階段や手すり、少し軋む床の感触まで含めて、この街ならではの演劇文化が感じられて感慨深いだろう。
『hickory』

駅から徒歩7分の場所に佇むのが、青が働く古着屋『hickory』だ。
2005年にオープンしたこの店は、古着カルチャーがまだ現在のように街に根付いていなかった時期から下北沢で営業を続けてきた、先駆的なショップのひとつでもある。
入り口のタイル、青くんが座った緑色の椅子、ビビッドな光を放つライト。外観から店内に至るまで、そこかしこにアメリカンカルチャーが感じられる。
映画の中に入り込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまうほど、そのままの空気感が残されている店内に息を呑む。厳選された衣類や小物たちは、それぞれが強い個性を放ちながら調和を保って並んでいる。
古書を片手にこちらをちらりと覗く青の姿も、たとえ今はそこに存在しなくとも、確かにこの場所に息づいていたはずなのだ。現実と映画の交差する空間で過ごす時間は、ロケ地巡りという言葉だけでは片付けられない特別な体験だった。
おわりに
カルチャーの街、下北沢。
駅前ではロータリーの整備が進み、タクシーやバスが行き交う未来も、もはや目前に迫っている。古い建物はだんだんと姿を消して、ブラッシュアップされた新しい姿になり変わっていく。
しかしその「利便性」は、いったい誰のために追求されているのか。
街を眺めて思うのは、綺麗であれば必ずしも心地良さが感じられるわけではないということ。
私たちは、忘れ物のように置いてきてしまった記憶の一つひとつを拾い上げるように、街を歩く。そして、ふと通り過ぎた路地や、何気なく見上げた雑居ビルの隙間に、かつての思い出の気配を感じる。
今見ているこの景色が永遠ではないこと。その事実を噛み締めながら歩く下北沢は、いつもより少しだけ眩しく見える。
変わり続ける街のなかで、変わらない想いを描いた映画『街の上で』は、これから先、下北沢がどれほど姿を変えたとしても、ずっしりとした質量を堅持したまま、カルチャー映画の金字塔であり続けるだろう。

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